『ファミコンがやってきた』
昭和58年、えんじ色と白の、四角くて小さな箱が家に連れてこられた。
それが「ファミリーコンピュータ」、みんなが「ファミコン」って呼んだゲーム機。
それまでテレビは、お父さんお母さんのものだった。だけどその日から、ヒゲを生やしたマリオっていう配管工のおじさんに、テレビの真ん中を乗っ取られちゃったんだ。
ゲームを始めるときは、いつもハラハラドキドキ。
カセットをガチャン!と入れてスイッチを押すんだけど、大抵は画面がバグって、砂嵐みたいにジャミジャミになっちゃう。
そうなると、みんなカセットをパッと抜いて、差し込むところに「フーーー! フーーーッ!!」って、勢いよく息を吹きかける。今思えば機械がサビちゃうから絶対にやっちゃダメなんだけど、当時はそれが魔法の裏ワザだったんだ。もう一回カセットを入れて、綺麗な画面がパッと映ったときは、本当にホッとした。
もちろん、毎日がテレビの奪い合い。
夕方になると、あっちこっちの家から「いつまでゲームやってんの! はやく宿題しなさい!」ってお母さんの怒る声が聞こえてきた。お母さんたち、掃除機をかけるフリをしながら、わざと足でファミコンをコツン!と蹴っ飛ばすんだよね。ファミコンは揺れにめちゃくちゃ弱かったから、その一瞬で画面がピタッと止まっちゃう。
はい、終わり。
何時間も頑張って進めたデータが、一瞬で全部消えちゃう。頭が真っ白になって、部屋の隅っこで本気でワンワン泣いたっけ。あのときの悲しさに比べたら、大人になってからの大変なことなんて、ちっとも怖くないって本気で思う。
2番目のコントローラーについてる怪しいマイクに向かって、意味もなく「あーーー!」って大声を出したり、ゲームの名人のマネをして、ツメがすり減るくらいボタンをめちゃくちゃに連打したり。
金曜日の夜、親がみんな寝たあとが、僕たちの本当の本番。
音を一番小さくして、テレビの青白い光の前で、息を殺してコントローラーを握りしめた。今のゲームみたいにリアルじゃない、カクカクしたドットの絵だったけれど、だからこそ、その隙間には僕たちの「こうなったらいいな」っていう想像力がいっぱい詰まっていたんだ。
今のゲームは、まるで映画みたいに綺麗。
だけどね、どれだけゲームが進化しても、機械の調子が悪くなったら「とりあえず一回、電源を消してやり直す」。
あの頃に体に染みついた、ファミコンの「フーフー」と「やり直し」のバトンは、今の大人のなかにも、ちゃんとしぶとく生きている。