【どんなにいい匂いがしても、消しゴムは消しゴム】
小学生のとき、サクラダくんが持ってきたイチゴの消しゴム。
あれ、本当にいい匂いだったな。
筆箱を開けただけで、机のまわりがパッと甘い匂いになるの。今思えばただの強いにおい玉みたいなものなんだけど、当時の私たちは本気で、あれをお菓子の一種だと思い込もうとしていた。
男子たちが何人か集まってクンクン嗅いでるうちに、タカシくんが呟いた。
「これ、味もするのかな」
誰も止めなかった。
「消しゴムだよ」とは言うけれど、みんな、誰かが食べてみるところを見てみたかった。
タカシくんはカドのところを、前歯でパキッとかじった。
一瞬、まわりがシーンとなる。
モグモグしながら、最初は「ん?」って顔をした。匂いが美味しいから、頭が一瞬騙されたんだと思う。
でも、すぐに顔がぐにゃっと歪んだ。見たこともない、すっごく嫌な顔。
「どう?」
覗き込む私たちに、タカシくんは半泣きで言った。
「……めっちゃ、ビニール」
イチゴの甘さなんて、これっぽっちもない。
ただただ不味い、油っぽいプラスチックの塊。あいつはそのまま、たまらず水道へ走っていった。
なのに、そこで終わらないのが小学生のバカなところ。
タカシくんがジタバタしてるのを見ていたら、残されたみんなの頭もおかしくなっちゃった。
「タカシが大げさなだけかもしれないよ」
変な言い訳をして、結局、その場にいた全員がちょっとずつかじった。もちろん、私も。
あの休み時間、廊下の水道はうがいをする子たちで大渋滞だった。
どんなにいい匂いがしても、消しゴムは消しゴム。
あのとき私たちが知ったのは、そういうものすごく当たり前で、ただただ不味い現実だった。