>「日本がもともと目指すべき政治方向性であるポストコロニアルに路線を変換する大きな大きなチャンス」
言うまでもないけれど、この機会を生かすために必要なのは、欧米のポストコロニアルの言説を慌てて勉強することではなくて、委細かまわず「自分自身であること」に穏やかに徹することでしょう。
それはたぶん、あるものと、よく似た別のものを、正確に区別する、という気働きを必要とする。
ぼくが昔から思っていて、でも一度もことばにしたことはないのだけれど、ある人の人となりの把握(どういう種類の人か)と、その人の社会階層の把握(カースト的位置づけ)を、正確に区別することが、コロニアルな近代から脱け出すためには必要なんじゃないかと思う。これは、平等という概念を、とらえ直すために必要だろう、と漠然と予想されるのです。