久我さんの記事を読んで、AIを使った創作に対して、使う側にも誠実さが必要だという視点にはとても共感しました。特に、AIを使ったかどうかだけで、その人の創作や人格まで否定してしまう空気への違和感は、私も考えさせられました。
一方で、読んでいて少し感じたのは、AI創作に怒っている人たちが「何に対して怒っているのか」の輪郭が、もう少し分かれて見えると、さらに伝わりやすくなるのではないか、ということです。
たとえば、著作権や学習元への不安なのか。
既存クリエイターへの敬意が欠けているように見えることへの反発なのか。
AIで作ったものを、どこまで自分の作品として語るのかという違和感なのか。
それとも、AIを使った人への人格攻撃そのものへの問題意識なのか。
このあたりが少し整理されると、久我さんが本当に伝えたい「AIを使ったかどうかだけで裁くのではなく、その人が何を作ろうとしたのかを見るべき」という核が、より強く届くように感じました。
記事全体からは、作る人を簡単に折らないでほしい、という久我さんの優しさは伝わってきました。
だからこそ、批判すべきことと、叩き潰してはいけないことの線引きがもう少し見えると、読者も受け取りやすくなるのかなと思いました。
AI創作に必要なのは、開き直りではなく誠実さ。
この言葉は、とても大事な視点だと思います。