『学校の敷地内に用務員さんの小屋があり、なぜか犬やチャボが飼われていた件』
「まじで大嫌い、あの先生……」
ランドセルをトタンの壁に投げつけると、バコン!って大きな音がして、砂ぼこりが舞った。私はひっくり返ったコカ・コーラのプラスチックケースに、ドサッと座り込んだ。
漢字五十回の居残り。教室のあの嫌な空気。みんなの前で出席簿の角で頭をコツンと叩かれた。痛いっていうより、恥ずかしくて悔しくて、涙が出そうだった。
足元を、チャボの『軍曹』が横切る。用務員のおっちゃんがどこからか貰ってきた、やたらと態度のデカい鳥だ。
私のすねを、ツンとつついた。
「何見てんのよ」
睨んだけど、完全に無視。またすぐ地面を突き始める。「クックッ……」って、のん気な声を出しながら。その「あんたの悩みなんて知らないよ」っていうマイペースな姿を見ていたら、イライラしていた心が、少しだけ落ち着いていくのが分かった。
ガラガラ、とプレハブの戸が開く。
タバコの煙と一緒に、おっちゃんが顔を出した。首にはクタクタの色褪せたタオル。手には麦茶の入ったガラスのコップ。おっちゃんは「どうした?」なんて何も聞かない。ポケットからゴソゴソ出して、カンロ飴を私のひざにポイと置いた。運動場の白い粉が、うっすらついている飴玉だ。
「……これ、卵産むの?」
「おう、たまにな。産みたてのあったかいやつを白いご飯に乗せて、醤油をちょっと垂らすんだ。最高だぞ」
「朝ごはんに食べるの?」
「バカ言え、夜にお酒を飲むときのおつまみだよ」
学校の裏庭で聞く、お酒の話。
教科書にあるどんな正しい言葉よりも、おっちゃんのぶっきらぼうな声のほうが、ずっと心を温かくしてくれた。
飴を口に入れて、奥歯でバリリと噛み砕く。そのかけらをペッと吐き出すと、チャボたちがものすごい勢いで集まってきた。
「こら、鳥に贅沢させるなよ」
「いーじゃん、おっちゃんより美味しそうに食べてる」
おっちゃんがガハハと笑って、古いラジオをつけた。ザーザーいう雑音と一緒に、競馬の中継が流れてくる。遠くのほうからは、吹奏楽部が練習する下手くそなトランペットの音が、夕焼けの空にゆっくり消えていった。
あの狭い裏庭には、先生の怒る声も、厳しい決まりもなかった。ただ、タバコの煙と、チャボが歩く音と、噛み砕いた飴の甘さだけ。学校っていう窮屈な箱の中で、私はあの場所に、間違いなく救われていた。