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「ポストコロニアル4 田中角栄 」読みました。
いろんなことが、きれぎれに、次々と浮かんでくるので、感想がまとまらないけれど、ぼくが、思いがけなく長く西洋哲学史の勉強を続けて来て、その間ずっと気に懸けていたのは、自分のなかの「内面化されたコロニアル的価値観」を対象化することだったんじゃないかと思います。
西洋のことを勉強していると、かなり多くの人が、相手と自分の区別がつかなくなって、相手に同一化してしまう。まったく逆に、一種のどんでん返しが来て、反西洋に凝り固まる人も出てくる(例、平泉澄)。
そのどっちにも転ばないで、西洋と非西洋の共通の根っこを探すには、どうしたらいいか。人類学や言語学や発達心理学の力を借りる、というのが、ぼくが自然に流れて行った方向だった。
しかし、三十年くらい前に、一人の大学院生から、「そういう諸科学もまた、西洋的な価値観から生まれたものなんじゃありませんか」という疑問を提示された。
これには、とっさに、「うん、そうだね、でも、近代科学の方法の中には懐疑論が仕込まれている。自分のよって立つ前提そのものを疑う姿勢を忘れなければ、諸科学を参照することを避ける必要はないんじゃないか」と答えた記憶があります。
苦しい回答だけれど、今でも、これより良い回答は思いつかない。
西洋近代文明が人類にもたらした最良のものは、自分自身を疑いながら進んで行く姿勢なのだと思います。
「ポストコロニアル4 田中角栄 」 ポストコロニアルの観点からは田中角栄がどういうふうに見えるか、という部分は、すべて無料で読めます。 以前から日本の人が再生に向かうには是非必要な考えだとおもっていたので、 読んでね読んでね!! t.co/J1gN2raVAa
Nov 17
at
12:53 AM
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